「kayoi | 通」からはじまる、包丁の新しい入口〜山田英夫商店 × TIDS 上島弘祥さん〜
福井県外を拠点とするデザイナーがチームを組み、
現代の生活に合わせてアップデートさせた伝統工芸の商品を
約8カ月かけて開発しました。
「開発ストーリー」では、商品を手掛けた職人とデザイナーに
プロジェクトを振り返っていただき、
開発の裏側やこだわり、ものづくりに対する考えなどを語っていただきます。
さて、両者からどんな話が飛び出すでしょうか。
お話を伺ったのは…
CRAFTSMAN
DESIGNER
WEB
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上島さんはF-TRAD2年目、
前澤さんは初参加ですね。
今回参加した理由を教えてください。 -
前澤
2024年にF-TRADに参加されていた
戸谷祐次さんからお話を聞いたのがきっかけです。
参加を決めた理由はいくつかあって。まず、弊社は産地のなかでも卸の立場として長年仕事をしていますが、
最近は、作り手さんが自分で販路を持って販売する流れも強くなり、
卸になかなか物が回ってこない状況も出てきています。
そんな中で、卸をしながらも小売をしたり、
自社商品を持ちたいという思いがありました。実は10年ほど前に親の世代が
「風味絶佳 ECHIZEN」という商品を作ったこともあったんですが、
それ以降はしばらく新商品を出していませんでした。
これからは卸でありながらも、
製造にも関わっていく動きが必要だと感じていたので、
僕らの世代の一歩目としてF-TRADに参加させていただきました。 -
上島
私はTSUGIの皆さんからお声がけをいただいたのがきっかけです。
1年目の辻田漆店さんとのプロジェクトは本当に良い経験で、
理想とする形でコミュニケーションを取りながら、
いいものを生み出すことができた実感がありました。普段から仕事の軸として、
土地や作り手のアイデンティティを、
伝わりやすい形にしていくことを大切にしています。
福井出身なので、
いつか福井の作り手さんと仕事がしたいと思っていたところに
F-TRADに参加の機会をいただき、
産地のみなさんのフットワークの軽さや、新しいものへの許容性の高さを強く感じました。
なので、2年目のお話をいただいた時も、喜んでお受けしたんです。 -
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お互いの第一印象について聞かせてください。
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前澤
「菜切包丁」って昔ながらのイメージや刃が
大きいといった理由もあって、
最近家庭で使われる機会が少なくなってきたんです。
でも越前打刃物の長い歴史の中で、
もともと包丁の産地として
有名になったルーツが菜切包丁なんですよね。僕自身も菜切を使っていて使いやすいと感じていましたし、
お客さまのなかでも「切れがいい」と言う方はたくさんいます。
しかし、産地で今この菜切を売り出しているところが多いわけでもない。
良さをちゃんと伝えられたら、と思いました。
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もう1種類のコンパクトな包丁は、
どういったニーズから生まれたのでしょうか? -
前澤
催事に出ると、
三徳包丁(一般的には16.5cm)が一番よく出る形なんですが、
「こんなに大きくなくていい」
「もっと小さい包丁はないの?」
という声をよく聞いていて。
でも小さめの包丁って数として多くない。
だから今回、最初の段階で
「菜切を含めた小さい包丁を作りたいんです」
と上島さんにお伝えしました。
“包丁を持っていない人”としてリサーチする
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上島さんは今回、いろいろリサーチされたと思います。
印象に残ったことは? -
上島
私自身、これまで台所に立つ機会が多い方ではなくて。
だからこそ今回は、
「包丁を持っていない人間として、包丁を買う際にどんなことを考えるか」
というフラットな視点を持つことが、リサーチの軸になりました。包丁を買おうと思うと、最初は途方に暮れましたね。
包丁を使う人には、料理初心者のような人もいれば、
プロもいるし、日常で毎日使う人もいる。
そんな中で、何を手掛かりにすれば良いかの「入口」が見つかりにくい、
という感覚がまずありました。 -
前澤
たしかに、どのお店で、どういう包丁を買ったらいいのか。
わからない方は多いかもしれないですね。 -
上島
一方、食材のリサーチでは、
スーパーに行くとカット野菜が多いし、
魚も切り身、芋も皮むき済み。
白菜は4分の1、ブロッコリーは半分、
などという形で売られているケースが多くありました。じゃあ家に持ち帰ったとき、
最後にキッチンで必要なことは何か。そこで見えてきたのが、「手元に収まる包丁」でした。
すでに切れているものを“最後の一刀”で仕上げる。
その瞬間のための包丁が、
ひとつのポイントになるんじゃないかと。また、近年は居住空間が狭くなっていて、キッチンも狭い。
コンパクトキッチンが当たり前になって、作業スペースが小さい。
そういう状況の中で、前澤さんが話していた「コンパクトな包丁がほしい」
というお客さんの潜在ニーズと、僕のリサーチの視点が、ぴたりと重なったんです。
物としての使いやすさと、“伝わり方”を同時に設計する
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そこからどんなプロセスでデザインに落とし込んでいったのでしょうか?
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上島
まずは純粋に“物として”の使い勝手です。
使いやすい包丁、切れやすい包丁を作ること。例えば、山田英夫商店の
「風味絶佳 ECHIZEN」は柄の形が特徴的で、
柄の先端付近が凹んでいて、
刃に指が近くなることで力が入りやすい。
だから切りやすいんです。
これはコンパクトな包丁にとっても、
すごく重要なポイントだと思いました。ペティナイフもコンパクトですが、
ちょっと心許ない感じがしてしまう。
あの頼りなさをなくして、
きちんと力が伝わる包丁にしようと思いました。
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前澤
僕らもお客さんと直接やり取りする中で、
一番感覚的にわかってもらえるのが試し切りなんです。
実際に切ってもらうんですが、
慣れていない方は持ち方がわからなくて、
うまく切れないことがあるんですよね。試し切りのときは持ち方まで細かく言わないんですが、
「握ってもらって、ちょっと前に押し出すように切ると、
きれいに切れますよ」
と伝えると、皆さんすっと切れるようになる。どんなに切れる包丁でも、
力がちゃんと伝わらなければ切れません。
今回のプロダクトは、
自然とそこに手が行くような形になっていると思います。
60種類の試作。0.1ミリの追い込み
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コンパクトにした分、持ちやすさの工夫はどうされたのでしょう?
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上島
最初に前澤さんからプロトタイプが上がってきて、
そこから微調整していきました。
使ってみると、菜切包丁って本当に刃が入りやすい。
重量があるからというより、刃の幅の広さや断面角度に由来していることがわかりました。
そこで、切りやすさを説明的に押し出すんじゃなくて、
日常の中で意識せずにスッと持てて、
誰もが自然と切りやすいように握れるにはどうすればいいかを考えました。
論理的だったり説明的な造形を作ってみたりもしたんですが、
最終的には、湾曲したラインや先端のくびれを活かした、
人の感覚に素直なナチュラルな造形に仕上げることを意識しました。
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何種類くらい試作されたのですか?
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上島
60種類くらいですね。
厚みや高さ、くびれのカーブ具合など、
本当に0.1ミリ、0.2ミリ単位で調整しました。
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すごい…。
0.1ミリ単位の調整で「ここだ」
というポイントは見つかるものですか? -
上島
見つかりますね。
握りやすさと、見た目の自然さがぴたりと合致するところがあって。
そこに到達すると「これ以上は動かしようがない」
という地点が見えるんです。
そこまでやります。造形条件や材質の厚みなどで最後に微調整はありますが、うまくできました。
最後は前澤さんがご自身の手で整えられるので、
最終の握り心地も含めて、仕上げは前澤さんにお願いしています。 -
前澤
そんなに試作されていたとは知らなくて……
60種類と聞いてドキッとしています(笑)。
最後は僕の方で持ち手を磨き、バリを取って、
最終の手触りを整えて仕上げる予定なので、
それを聞いてさらに気持ちが引き締まりました。
一番難しかったのは、包丁の“入口”をつくること
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ここまでのプロセスで、上島さんが一番難しかったと感じたのは?
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上島
造形そのものや使い勝手の設計は普段の仕事でもやるのですが、
今回一番難しかったのは、
先にもお伝えした、包丁を作る側と探す人の接点でもある、「入口」をつくることでした。
パッケージやネーミング、「kayoi」(カヨイ)という言葉も含めて、この包丁にしかない、
前澤さんにしかない良さの伝わり方・届け方。
ここが一番頭を使いました。
包丁って、研ぎ直しをしながら長く使える道具ですよね。
前澤さんには、買った後もお客さんには研ぎ直しを通じて
良い状態で使い続けてほしいという思いがある。
でも、お客さんが研ぎ直しをしようと思ったとき、
送り方、送料、梱包……小さなことが全てハードルになるんです。
そこでつまずくと、結局そのままになってしまう。
そこをできるだけストレスなく越えられるようにしたいと思いました。
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上島
そこで、パッケージはレターパックでも送れるサイズにし、
送るときの緩衝材を入れるための段ボールもセットしています。
さらに、冷蔵庫に貼れるマグネットシートを同封して、
「研ぎ直しのタイミング」が常に目に入るようにしました。「トマトなど柔らかいものに刃が入らなくなった」
「刃こぼれが見えてきた」など、
そういう合図が日常の中で目に入ると、研ぎ直しを意識できる。
包丁だけではなく、包丁の“周り”をどう作るかが大事だし、
挑戦しがいのあるポイントでした。
「kayoi」に込めた二重の意味
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「kayoi」には、どんな意味が込められているのでしょうか。
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上島
「kayoi」にはまず二つ意味があって、
ひとつは“力が刃にちゃんと通う”という物理的な意味。
もうひとつは“前澤さんとお客さんが通い合う”
という意味です。そして最終的には、料理を作る人と、
それを受け取る人の間で心が通い合う。
そこに向かっていけばいいな、
という思いを込めました。 -
前澤
提案をいただいたとき、すごくいいなと思いました。
僕らが大事にしてきた部分が反映されていると感じましたし、
本当にいい名前だと思います。 -
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暮らしがコンパクトになっていく中で、包丁の役割はどう変わると思いますか?
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前澤
産地としては、売り上げが下がった時期が何度もありました。
ホームセンターや100均ショップなどが出来てきたり、
調理器具も進化して、自分で調理しないことも増えている。でも、だからといって包丁がなくなることはないと思います。
むしろ、一本一本を大事にするような
使い方をする人が増えるんじゃないかなと。
大事にしたいと思える包丁を作れたらと思っています。 -
上島
最後の仕上げとして、その場で一刀入れて食材の鮮度を立てる。
そういう意味で、包丁はこれからも重要だと思います。「kayoi | 通」をきっかけに、包丁が単なる道具ではなく、
人を思う気持ちや心地よさを思い出させてくれる存在に
なっていったらいいなと思います。
“菜切フィーバー”が起きてほしい
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今回の開発を通して、包丁の可能性を感じたことは?
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前澤
F-TRADに限らず、
この土地は異なる業種間の交流が盛んで垣根がないと思います。
なので、今後そういった中でのコラボがもっと増えてくるだろうと思いますし、
僕らも参加していけたらと思います。 -
上島
今回、菜切から始まって柄の形がポイントになりました。
この柄の考え方を軸に、いろんな刃の形や、周辺のプロダクトも含めて広げていけたら良いですし、
越前打刃物の歴史を見ても、まだまだ可能性があると思います。 -
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ご自身でも使ってみていかがでしたか?
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上島
とにかく切っていて気持ちがいい。
サツマイモやレンコンなど、少し硬めの根菜もすごく切りやすい。
レンコンはシャキッといい音がします。
葉野菜の千切りや微塵切りもつながらず綺麗に切れるので、
最近は何年ぶりかに白菜を買って無心で切っていたりします(笑)。
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上島
よく切れる包丁でザクザク切っていると、
我を忘れて、ちょっと瞑想に近いような感覚になる。
切るほどにストレスが解消されるような気持ちよさがあります。
それがすごくいい。
包丁って、気持ちとすごく近いところにあるプロダクトなんだなと感じました。「kayoi」というネーミングとともに、
菜切フィーバーなんてものが起きてくれたら嬉しいですよね。 -
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最後に、お二人にとってF-TRADはどんな時間でしたか?
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前澤
やってみて初めてわかることが本当に多かったです。
自分たちだけで商品を作ろうとすると難しいですが、
期限があって、お尻に火をつけられるような状況だからこそ、前に進めた部分もあります。
すごく学びの多い時間でした。 -
上島
F-TRADの良さは、マッチングの段階での「作り手とデザイナーの最適な組み合わせ」、
そして「作り手とデザイナーが対等であるべき」
という前提の上でプロジェクトが考えられていること。
だからこそ、
互いに忌憚のない意見を密に交わしながら
ものづくりが進められたのだと思います。周りのメーカーさんやデザイナーの姿勢からも学べますし、
前澤さんのように、地域とのつながりや
積み重ねがあるものづくりに触れられる。
短い期間ですが、対等にいいものを作りたいという気持ちで向き合える、
密度の高い時間でした。